中神校長による思想調査

 昨日の日記は、中神校長がどのようにして私のことを探っていたかを書きかけて、途中で手元が狂い、終わってしまった。すみません。今日は抜けていたことをきちんとお伝えします。

 校長が生徒作成の掲示物の傍らに掲示させた断り書きは、次の通りです。
    『*戦争については、それぞれの国、立場で意見や見方が違ってきます。
     *今回掲示した内容についても、色々な意見や考え方があり、反論もあります。
     *私たちが一人一人、これからも、何が真実だったかを、しっかり見つめていきましょう。』
 中神は、教員に「教師は事実を事実として教える自由はない」と、お上の言うとおり教えろと言っておきながら、いか にも中立らしく「真実を見つめていきましょう」なんて文章でごまかすのです。

次は、私の思想調査についてです。

 中神校長は、私が生徒から集めたノートを無断で見ていた。これを法廷で証言したとき、傍聴席から驚きと非難のどよめきが起きた。あまりにも勝手で非常識だからである。また、中神校長は、クラスごとの配布棚に入っている生徒への返却物や配布物にも目を通して情報源にしていたという。
 無断で見ることについて校長は、「これらの品物は、田畑の私物ではなく、学校として預かった品物です。」と言って長たる自分が見るのは当然だと正当性を主張している。何のためにそんなことをするのかについては「田畑の授業内容やその進め方、生徒のつまずき等とともに、宗教的、政治的、思想的に偏りはないか、さらに副教材等が十分活用されているかなども確認しながら判断してまいります。」と述べている。
 まるでスパイである。生徒にも私にもプライバシーがある。校長がそこへズカズカ入り込むことは許されないはずだ。技術科の教師である中神が、国語のノートを見て何が分かるというのか。私と何も話そうとせず、コソコソとスパイして私の思想を調べていたなんて、まともな校長のすることではない。
 さらにこんな事も述べている。
「授業のよしあしを知る一つの情報として、授業を終えて教室を出てくる生徒の表情が、生徒の気持ちを一番表す場合があるので、休み時間になる寸前に教室付近に行き、授業に関する感想などを何気なく聞くこともあります。また、給食の準備の前や昼休みに生徒と話すこともあります。」
 これが教育者のやることか! 生徒は単なる情報源なのである。「何気なく」という言葉から、知らぬ風を装って生徒からいろいろ聞き出してやろう演技していることが分かる。中神にとって生徒は教育の対象である人間ではなく、情報提供の道具に過ぎないのだ。

 生徒の作品「南京大虐殺」否定する偏った考えの中神校長が私の思想を問題視していた、ここに私の再雇用拒否事件の根底がある様に思います。こういう人が校長になってあちこちに災難をまき散らしています。どうしてこういう人が校長になれたのでしょうか。もしかすると、こういう人だからなれたのかも知れませんね。